【イベント告知】いいね!ソーシャルシティ岡山夢づくり講演会
とうとう武雄市の樋渡市長に会うことができる。
所内にフェイスブック・シティ課を創設し、相互コミュニケーションによるリアルタイムの施策実践をぐいぐい行う武雄市ですが、やっぱりこの樋渡市長のすごさに一度触れてみたいと思っています。
「変革は辺境の地から」を地でいく樋渡さんは、国会議員のお誘いは当然あるのでしょうが、それは魅力的だけども今現在はやることではないとして、ローカルから最先端の地方自治を実践されています。まさにドライビング・アクターそのもの。
その樋渡さんがとうとう岡山にやってきます!というか、呼びました!
ぜひ、6/30おこしくださいませー。
親になったからこその「教育」への歩み寄り
教育において、「子どもであることを認めてあげることと、子どもが大人になることを教えてること」は、同じ勇気づける行為であっても全然違うという趣旨を東浩紀氏が言ってたが、示唆に富んでいる。
新世代が解く!ニッポンのジレンマ 「僕らの救国の教育論」
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2012039398SC000/
勇気づける行為は、子どもの「快楽」を生むが、特に後者の場合、マゾヒズム的な快楽によって得られるもので、ずーっと我慢したからこその「快楽」を体験することが大人へのステップだ、と。その具現化は、唯一「受験」であって、それ以外にはない、と東はさらに言うわけです。もちろん、東は「受験はクソだ」とも言っていました。特に、夢のある子は学歴関係ないからいいんだけど、夢を持てない子(僕もそうだった)はとりあえず大学受験ぐらいしか目標がなく、その果実として、安定的職業や安定的人生が得られる、という説明で成り立っていたんだ、と。
けどたとえば15歳の子が40歳になる25年後、世の中どうなってるか分かんない。よって、その構造が崩れちゃったね、ってことになってます。我慢したって快楽得られんよって。そうなると、大人になることをどうやって教えるのか、、僕の場合は「我慢の先の快楽」はいやで、「今の快楽」を積み重ねることが大事だと思ってて、それってとても子どもっぽいんだけど、クリエイティブなやつだ、みたいなことも番組では語られていたっけ。けど確かにそんなやつばっかりだったら、警察官やら行政職員やらには誰もならんくなるわな。
東は人間の能力には「演算能力(処理する能力)、クリエイティブ能力、コミュニケーション能力」の3つしかないと思ってて、これまでの教育は演算能力をひたすら高める教育をしてきたと言ってます。僕は、正直クリエイティブ能力はほとんどないと思ってて、ただひたすらにドリルをやり、夏休みの宿題を手にした瞬間から処理するようなやつだったので、まさにその教育の申し子でした。コミュニケーション能力はぼちぼちかな。
なので、「今の快楽」を求め続いている僕と、演算能力を高めちゃった僕は、それらが相反しているわけで結構おもろい状態だなと思ってます。さらに、「今の快楽」を求めることによる、新たな能力、特にクリエイティブ能力を身につけられればと、毎日おもろーなことにチャレンジしています。
で、学校の話に戻るけど、15歳の彼らに、受験成功によって安定的職業や安定的人生が得られるやつもいればそうじゃないやつもいるぞ、ってことをちゃんと教えたうえで、それじゃあコト足りないし、演算能力ばっかり上げててもなんだから、解決方法として、東は「色んなわけわかんない(いい意味で)大人たちに会わせ、自分の親のような働き方以外の選択肢はいくらでもあるんだということを取材する、たとえば『ミニジャーナリズムの授業』のような形で教えることができる」と言うのです。彼らのアウトプットは大したことないけども、その経験によって、クリエイティブ能力とコミュニケーション能力が格段につく、というわけ。
内田樹「街場のメディア論」のはじめの章で、人はその立場になって育てられる、というようなことが書いていて、まさにその通りだと。だって、これまで教育論について全く興味なかったのに、風太が生まれてきたら、一気に興味津津。まさに親になったからこその、教育への歩み寄りでした。
ドライビングアクター -福島徹編-
今日から、このブログの新たな展開を始めてみよう。
タイトルがドライビングアクター論なんだから、ドライビングアクターってコンセプトに当てはまる人や組織を取り上げて、紹介していきたい。(続くのか?と自問自答しつつ。やりましょう。)
今回は、福島徹くん。福島製材所勤務。といっても、この5月に入りたて。といっても彼のお父さんが三代目の、美作市大原地区にある福島製材所を継ごうと戻ってきたUターン人。それまでの10数年は、タバコの外資メーカーでプロモーションを担当していたとのこと。聞けば、大阪14年、東京3年とのことで、僕とほとんど同世代。
その風貌は、ロンゲでキャップにおしゃれイヤーマフ。それが福島徹くん。

ドライビングアクターのコンセプトは、様々な制約が多い中で、リスクを取りながら、社会的課題を解決していこうと実践する主体のこと。彼の場合、地元美作のあまりに少ない若者たちや、それを解決する手段としての林業再生、そして、何よりいったんは非常に縮小していた福島製材所の事業を、新たに再建への道を歩み出すというのが最大のミッション。そのリスクを抱えながらも、美作のために東京、大阪を駆け回りながら、4代目として継ぐ覚悟を決めた福島製材所の仕事を同時にやっちゃってるというのは、マジでこれぞドライビングアクター。
そして、重要なポイントがかっちょいいこと。林業、製材業は、これまでステータスが低すぎた、と僕は思ってる。つまり、かっこよくなくて、憧れの職業になりえない状況。それを覆していこうというのが、福島君の考えであり、僕もまったく同感。
将来のビジョンについて、彼はこう言っています。「子や孫の代まで林業でしっかり食えること。それしか美作はないですから。主伐や搬出も必要ですが、育てることも必要です。そして林業をちゃんと産業にしないとね。ただ、それだけでなく、色んなアイデアもないとダメ。たとえば、市内でたくさんある空き家を改修するのに、美作の林業や製材業の人たちを巻き込みながら、若くてここに住みたい人たちとともにワークショップなどを行うこと、だとか。空き家にはモノづくりをする人の工房があるとおもしろい、だとか。」
1つ目のアイデアの効用はこういうことだと思います。住む人と、地元の人たちが、作業を通じて関係性を作り、リノベーションが進むことによって、改修が終わった時にはその地にスッと入り込めるようになるということ。そして、林業や製材業者さんと消費者が直接結びつくことによる、計り知れない効果があると思います。さらに、個人同士がfacebookでつながり続ければ、さらにおもろい展開につながっていくことでしょう。
2つ目のアイデアについては、これに加えて、工房があるだけでなく、その役割について言及する必要があります。それは、地元の人たちに、商品を買ってもらえること。それは、いなかにいることの必然性とでもいえると思いますがこれが重要だと思います。これが無いと、ふわふわと糸の切れた風船のように、若者は知らん間におらんくなります。こいつが必要だ、ということ、言いかえれば、彼らの居場所があるよって伝えることが大切です。そういうことが根底にあって、次に外貨を稼ぎに行く形がいいですね。
福島製材所。三代目のお父さんは木のことについて、めっちゃ詳しいです。僕はまだまだひよっこっす。ここに書けることは何一つありませんが、製材は奥深くておもろいってことだけは、どうしても気づいてしまいました。林業やるなら、木をどう使っているのか、知らんといかんよね。ってことで、6月、田植えが終わってひと段落したら、お手伝いに行こうかな、と思ってます。
福島徹くん、よろしくです!






MLAT news 創刊!
そろそろシュッとしたい。ということで、MLAT news創刊しました。紙媒体でもたっぷり刷りましたが、まずはデータってことでご案内します。ブツがほしい方は直接ご連絡ください。郵送しますよ!
上山棚田大学 岡山発着「田植えバスツアー」
今年もやります、上山棚田の田植え。
6/3にやりますよー。それにしても、この5月は田植えに向けて休みなしです。文字通り。毎日のように面積も広がっていて、テンションあがりマックス笑。そして、田植え。
みなさんに会えるのを楽しみにしています。
詳細は、facebookのイベントページをご覧ください。
http://www.facebook.com/events/404386006259676/?context=create
それと、棚田団のパンフができました。
賛助会員を募集していますので、まずは経済的サポートもお願いしつつ、なんつっても上山は、肉体的サポートを期待しています。もう、ほんと、パンパン笑。
「やりたいことは玉ねぎ論」の進化版
だいぶ前、やりたいことは玉ねぎ論、というブログ記事を書いたことがあります。
http://blog.goo.ne.jp/izutsukohei/e/2a9ff91e4b5b487c511357bca60a31d2
やりたいことというのは、なかなか見つけられるもんではない。ブログ記事を抜粋すれば、「やりたいことは、剥いても剥いても何もないたまねぎと同じように、これかなあ?これかなあ?と思って一枚一枚探していっても結局見つからない。」ということです。
先日、林野高校で講義した際に、大人になったらどういう職業につきたいかって聞いたところ、教師、システムエンジニア、インテリアコーディネーター、という答えが意外にもスラッと返ってきてびっくりしました。しかしながら、その隣の女子生徒はえ!って顔。聞くと、やはりやりたいことが見つかってない、ということです。そして、そんな彼女にとって、やりたいことが決まっている人たちと言うのは、とてもうらやましいというわけです。そして僕もそう。
いま、内山節「ローカリズム原論」を読んでいるのですが、そのなかに、「私とは『関係の総和』である」という言葉がありました。たとえば自己紹介の時、私は何年生まれとか、どこに勤めているのか、という一般的な回答をします。しかしながら、これでは本質にまで迫る形でかたっているわけではない。本物の私を伝える方法は、「私はどんな関係の中で暮らしているのか」を伝えることだ、と述べています。
おっとっと、これは共感です。やりたいこと、というのは、関係性の中でしかありえない、というわけです。人との関係性、自然との関係性の中で、この人のために何かしたい、この森林を何とかしたい、と思って動いたらあれま、これだったのか、という流れです。
そしてこれは、新しい生き方へのアプローチともいえます。既存の社会にある職業になりたいとはつまり、乱暴な言い方をすれば、1つのピースになるということ。既存の社会に飽き飽きした僕は、それに留まりたくはない(ちなみに、社会変革は「飽き」から生まれる、と言ったのも内山節)。名付けられた職業名になるのではなく、自らがその関係性の中から動き、既存の職業ではない、または既存の職業に新たな価値を付加した仕事をしたとき初めて、社会に何らかの影響を与えられるのだと思います。
そういう人たちが、ほんと増えてておもろい世の中っす。
MLAT(美作市地域おこし協力隊)隊長引退
本日、MLAT隊長を引退し、第3代MLAT隊長として水柿大地に引き継ぎました。
MLAT隊長として、7/1-5/9の約10か月間走ってきましたが、これはこれで非常に責任ある、難しい仕事だったと感じています。MLATはチームで走っていて外からはうまくやっているように見えても、時にはメンバー同士で不満があったり、プロジェクトがありすぎて混沌としたり、思うように作業が進まなかったりして、停滞することもあります。
当初、僕の弱点は怒れないことだと自ら感じていました。今でもそうです。だって自分のこと棚に上げて責めれんからなあ。ただ、怒れてこないんだからこれしゃあないってことで諦めた。よっしゃ、そういうキャラでいこう、ほんでも若手を引っ張っていこうと自ら動きまくりました。
僕は、後輩に恵まれています。若いMLATメンバーは、本当に慕ってくれていて、動きまくってくれます。U-30MLATは、オーバー30のおっさんと違って、最初から企業には入らず、このチャレンジングな道を選んでくれました。梅ちゃん(梅谷くん)曰く「せっかく、かっちやこうへいさんが企業を辞めてこっちの道を選んだんだから、僕も同じような道をたどるのではなく、はじめからチャレンジしていきたい」という言葉は、とっても嬉しかったです。
そして今日、林野高校にて、U-18世代に生き方・働き方について、自伐林業講座に託(かこつ)けて語ってきました。もはや、企業での終身雇用(安定人生)は全く保証されないという認識を持たざるを得ない状況にも関わらず、相変わらず進路指導は大卒→企業の一本やり。それを、変えてやろうというのが今回のプロジェクトだと僕は思っています。仕掛け人の先生、ありがとうございます。
こうした、僕の後ろからどんどん覆いかぶさるように新しい価値観を身に纏った若者たちが僕を乗り越えていきます。僕は、隊長を退き、一人の人間として、これまで築いた人や自然との関係性の中から、また新たなチャレンジをしていこうかと考えています。本当にお疲れっした!ぺこ。

上山集楽のサイト、ローンチ!
楽しいが集まるこの上山。しかーし、登場人物とプロジェクトが多すぎて笑、初めての方には全く理解不能なカオティックなこの集団。みなさまに、シュッとした感じとプロジェクト乱立でさらに混乱を招くのをもろともせず、サイトをローンチ(要するにオープン)いたしました。
どんどん更新していきますので、ちょこちょこチェックしてくださいね!
[地域が他にとってどういう貢献ができるのか] -議会編-
いつも気になることがある。市町村議会議員に対する、地域住民からの期待である。地域住民による議員への期待の内容は、どれだけその地域にお金を持ってくるかが重要だというのが大まかな認識であろう。お金を持ってくることによって、道が修繕できる、古くなったコミュニティハウスを改装できる、観光施設の設備が整う、などである。まあ、分からんでもない。
ところで、長野県阿智村の村議会では、一風変わった評価がなされると聞いたことがある。それは、地区代表へ期待することは、その地区が、他へどのような貢献ができるかを期待するというのである。本当か?これについては、阿智村の人に直接聞いたことがあるのだが、そういう地域もあればそうでない地域もあるとのことで、全部が全部そうでないにしろ、他への貢献という視点で選挙するということがありえるのだということに驚くばかりである。
それにしても、である。もし、自らが市議選に出馬するとか考えた時、「僕はこの地区が他へ貢献できることを実践します。その結果、この地区が周囲からの信頼が厚くなり、人が集まりやすくなるような地区になり、お金も集まってきますよ」という、いわば間接的な効果を説得する必要が出てくる。「そんなこと考えんでええわ。直接、お金取ってこい。」というようなことであれば、他への貢献などということは言ってられない。落選する。一種のポピュリズムである。
「地域による他への貢献」を謳って当選した議員さんにお会いしてみたい。また、そのような方がいる地区の住民にもお会いしてみたい。そして、その地区が、どういった他への貢献と、それに基づいた果実はどういうことがあるのかについて、具体的な話をしてみたい。きっとすごいんだろうと思う。まさに、ドライビングアクターである議員と、それをサポートする支持者たちによる、新たな社会のアーキテクチャが構想され、実践されていることであろう。
[地域が他にとってどういう貢献をできるのか]という視点の重要性
ずいぶん乱暴な言い方をすれば、東京から見れば地方は、どこもほとんど一緒である。山があり、川があり、田畑がある。それぞれが、「ここはいいところだ。水もおいしいし、食べ物もおいしい。景色もきれいだ。」と発信をしたところで、それってどこも一緒だよね、という評価につながることが大半であろう。
ギフトエコノミーとは、関西学院大学の畑祥雄教授から聞いたコトバである。ネット検索をした程度であるが、どうやら、2005年にデルコンピュータがニューヨーク私立大学のジェフ・ジャヴィス氏にサポート体制のひどさを指摘された際、とにかく対応に気を配り、成長したことにつながったということから来ていて、ギフトすることによって、信頼性が高まり、新たなビジネスにつながっていく、という意味だそうである。
そのことから派生して、畑さんは「地域が自分たちの宣伝をしても特に新しくもなんともない。[地域が他にとってどういう貢献をできるのか]という視点を持ち合わせることが、その地域を特徴づけ、印象に残せるし、周りからのサポートも充実し、自立していけるのだ」という主旨のことをおっしゃっていた。
これはとても重要な指摘である。我々は、自らがどれほどすごいことをやっているのか、ということのみ発信するだけでなく、たとえば都市でのコレコレの課題に対して、こういう課題解決ができるということを意識し、それを発信すべきである。そしてそれは、都市と地方がそれぞれの課題をそれぞれが解決し合い、ソーシャルビジネス化していくところまで持っていく市村交易構想で具現化しようとしている。僕らは、この[地域が他にとってどういう貢献をできるのか]という視点の重要性を忘れてはいけない。


